戦争をやめて欲しい。一刻も早く。
いま、わたしのベッドルームにはテイクアウトした弁当のトレイや空のペットボトルが散乱している。片付ける気力はない。思い出したようにコンビニに行きタバコや食料品を買い、その後は布団に臥せってYouTubeをザッピングする、生活とはとても言えない何かを惰性で続けている。処方されていた眠剤は切れて不眠が続き、抗うつ薬も飲めずに身体がびりびりとしびれる。
摩耗、という言葉が脳裏をよぎる。何においても擦り切れるまでの時間稼ぎにしか思えない。熱力学の第三法則に則れば、食事も排泄も運動も感情の発露さえ、全てはエントロピーが来るまでの暇つぶしなのだ。終わりはそのうち来る。
YouTubeで実況動画を見ながらコンビニに行く。この2つはよく似ている。大量のコンテンツに溢れ、広告が視野にポップアップし、消費せよ、という警句が脳のひだ奥深くに刻み込まれる。しかしうつ病の人間には消費はできるが、選択ができない。大量のコンテンツや商品に囲まれても、ただ立ち尽くすことしか出来ないのだ。これだけ豊かな社会に生まれておきながら、その豊かさを選び取ることができなくなってしまう。コンビニには何もかもがある。しかし死だけはない。
しかし死は、いきなりというべきか、それともやはりというべきか、われわれの眼前にたち表れてきた。トランプもネタニヤフも高市早苗も、もはやなりふり構わず世界に戦争状態を形作ってしまったのだ。戦争や紛争はこれまでも絶えず行われてきたが、ついにわれわれが当事者になる番がきてしまった。
日本では石油が240か幾日でなくなるらしい。全土の発電割合のうち、火力発電は69%だという。それだけでなく、石油副産物による資源がどんどんと入手しにくくなっていくだろう。社会に根ざした仮初の豊かさは、今や風前の灯火と言える。
そして3月24日には、極右の自衛隊隊員が中国大使館を襲撃するという事件さえ起きた。この事件の落とし所を政府が見つけなければ、日本の立場は今後より悪くなっていくだろう。同日には「機動警察パトレイバー the movie 2」がYouTubeにて無料公開されており、そのタイミングの良さにたちの悪い冗談かと目を疑った。
ここまで生存が脅かされると、鬱ぶって分かりきった達観を決め込んでいたのがあまりにも馬鹿らしく思える。戦争をやめさせなければ、文字通りわれわれの未来はない。絶望なんて言葉ではとても片付けられない、足元が虚空にさらされるような不安を覚える。この情勢が一体何によって引き起こされたのか、それは一体悪と呼べるような代物なのかさえ、わたしには分からない。しかしその虐殺の気配はいとも簡単に伝染し、われわれを食いつぶしていくのだ。
一体どうすればいいのか、分からない。というかどうするも何も、わたしには布団の中で祈ることしか出来ない。とにかく今信じられるのは、信じなくてはいけないのは、人の善意だ。何があっても、戦争だけは駄目だ。
戦争反対。
